【死者を悼み愛を知る】人という種はスピリチュアリティな存在|「スピリチュアル」な脳が作りだす霊というイメージ

2024年7月12日

英語辞典によればspiritualの形容詞としての意味は,
「1. 精神的な,精神(上)の,霊的な,魂の,知的な,2. 崇高な,気高い,超俗的な,3. 超自然的な,神の,聖霊の,神聖な,宗教上の,教会の

スピリチュアリティは、英語:Spirituality、訳語には「霊性」や「精神性」などがある

ぼくがスピリチュアルという言葉に感じること

スピリチュアル

いわゆる「スピリチュアル」は世の中にたくさん情報が発信されています
いろんな人がいろんな考え方を本やCD、SNSや動画やブログで述べています
ところで
ぼくがいまひとつ どっぷりスピリチュアルに没頭できないのには理由があります
たいていのスピリチュアルの話は
確信的・断定的に霊や神の世界の仕組みや体系を語っていることです
霊や神が登場しなくても それ以外の超越的なもの
アカシックレコードや量子力学的に精神は作用すると言い切ったりしています
言い切られたことに賛同するのは信仰であり ぼくはそういう意味の信仰心は持てないのです

スピリチュアリティの定義付け|SAT療法開発者の筑波大学宗像恒辻さんによる

人間の精神性はどこから来るか?

一方「スピリチュアリティ」という言葉はそれとは違う印象をぼくは持ちます
もちろん英語で考えれば同じ意味ですが日本語になったときの語感としての話です
スピリチュアリティについてはかつて筑波大学の宗像恒次さんが
SAT療法というヘルスカウンセリングの書物の中で語っていたことがあり
その考え方がぼくは好きです

人間は 祖先や宇宙や神への愛や守護を求めるというイメージを持ち
そういうイメージを想像したり共感したりすることが
人間の精神性 社会性 身体性 に影響する
これらは目に見えないものだが その見えないものが人間にとっては大切なのである
(SAT療法より)

そしてこのスピリチュアリティの実態は人の脳活動パターン=イメージの中に存在し、そのパターンが人間にとてつもない影響を与える。と言うのです

結局 二つの言葉の意味の違いは?

自律訓練法黙想練習はイメージを見る練習

今の日本で使われ地るスピリチュアルという言葉は
目に見えない部分を
はっきりこうであると断定してその仕組みと効果を言ってるように感じます
一方 SAT療法で使うスピリチュアリティという言葉は
日本語では精神性のその奥の脳活動の根源みたいなことを言ってる感じがします
その根源を 人の言葉で完全に言い切るのがスピリチュアルであり
スピリチュアリティの姿勢は その精神性は認めつつ
それは根源的な不思議な人の在り方だと思うだけで
勝手に解釈したりしないという姿勢です

※あくまで日本語として使用される時のニュアンスの違いです 英語では同じ意味に違いありません

■まとめ

ユングの言う原型のような
人の中の根源的イメージみたいなものは 脳の仕組みから来る共通項なのだと思います
ネアンデルタール人が死者に花を手向けたことがわかっていますが
仲間の愛する人の死を悼む というこの精神活動は
人の脳の仕組みからやって来ると思います
(※最近の研究ではネアンデルタールのゲノムが現生人類のDNAに5%前後ほど入っているのだそうです)

もしかしたら 哺乳類や鳥類クラスになれば 
どの動物も愛する者の死を悼んでいるのかもしれませんね
そうして脳の仕組みから起こるものが
人にあっては精神活動として行われそれなしでは生きることができないほど
重要なものになっていると考えると 人間は誰もがスピリチュアリティに富んだ存在だと言えますね
生命とは身体的な有機体でありつつ その稼働の仕組みに
スピリチュアリティの原理があるのかもしれません